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福山競馬の終焉 子供達の記憶のどこかに ≪家族の軌跡≫

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2013.3.30

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福山競馬の終焉

いつもこのブログを見ていただいている方には
余り興味ないかと思いますが、

広島県福山市にある、

市営福山競馬という地方競馬場が
平成24年度をもって終了します。

私は、福山競馬に少し思い入れがあります。

父親との思い出

それは、私が小さかった頃、

小学2年くらいだったのかな?はっきりとは覚えていませんが、
今は亡き、父親に連れて行ってもらった思い出が強く残っているからです。

もう、30年以上前になりますが、

当時は、
通常 仕事や、学校の土曜日休みなどは無い時代でした。
(学校は、土曜日は昼まででした)

父親世代は月曜日から土曜日までみっちり働いていて、
下手をすれば日曜日にも
仕事場に出掛けることが、しばしばありました。

そのうえ、

父親は腎臓が悪く、
人工透析を週に2回行っていました。

そんな状況もあって、

父親と一緒にどこかへいったとか、
旅行に行くことはほとんどありませんでした。

人工透析をしてると、
泊りでの旅行は非常に困難になります。
(現在は、医療や設備、連携が発達して、そこまで困難ではないのかもしれません)

そのこともあってか、
私は、父親とほとんど遊びに行った思い出がありません。

でも、福山競馬のことはよく覚えています。

ある 雨の日曜日、
ちょうど 父親も私も暇だったのでしょう、

経緯は忘れてしまいましたが、
父親が競馬に連れて行ってくれたのです。

「福山競馬」

初めて踏み入れたその場所は、
おじさん達で一杯で

まさに
ちょっとした鉄火場。

今では考えられないくらいの人でに賑わっていました。

私は父親の後を付いて階段を下っていました。
雨が降っていたので、傘を持って。

で、ひもを持ってその傘を振り回していました。

すると、
その傘が向って歩いてきている人の
額に当たってしまったのでした。

私はびっくりして謝ることもできませんでしたが、
父親が謝ってくれていました。

私は、父親のそんな姿を、
その時
初めて見たのだと思います。

だからか、
その時のこと、その瞬間が、

未だに 父親との思い出の、一番最初に出てくる出来事なのです。

そういう意味でも、
福山競馬は、私の思い出の場所です。

また、

遠方から遊びに来た友達(学生時代の友人)を
連れていくスポットとしても活躍してくれました。

そんなことを思いながら、
福山競馬がもうすぐ幕を閉じるというニュースを
テレビで見ていました。

そして、思いました。
息子と娘を連れて行こうと。

私の目的は、

「馬券を買うこと」

ではなく

「子供たちの記憶に残すこと」

と、

「食べること」

福山競馬で一番のおすすめは、
スタンドから向って一番左の店の「牛串」

最近まで何の肉でどこの部位かも知らずに食べていましたが、

調べると
それは多分「ふわ」(肺?)という部位の串煮込み。
(関東煮)

これが、
不思議な食感といい、
普通に生活していると食べることのないものだし、
ふとした時に食べたくなる、
何とも言えない不思議においしい味なのでした。

2番目は、
同じ店の「焼きそば」

家でする焼きそばの、3倍は美味しい。

と言ったら嫁さんに怒られますが、
好みの味なのです。

3番目は、

スタンドの2階にあるラーメン屋、
尾道ラーメンですね。

シチュエーションの力もあると思いますが、
あの雰囲気(鉄火場)でレースが始まるまでに急いで食べる!

これで、
実際の味より2倍美味しくなりますね。

他のものは注文しないので解りませんが、
私の定番中の定番はこのようになっていました。

話がそれましたが、

実際に競馬場で
近くを走る競走馬を見て、

子供たちは楽しんだのかな?

福山競馬

長くは居なかったけど、
途中
息子一人で焼きそばのおつかいに行ってもらったこと、

息子と、娘と、私 の三人で
焼きそばを食べながら、ジュースを飲んだこと、

私が串(ふわ)ばかりたべていたこと、

君たちは
覚えていてくれるだろうか?

福山競馬はもう終わってしまいます。

何事も役目が終わるということは、

寂しいことですね。

アイキャッチ画像はこちらからお借りしました
http://www.keiba.go.jp/furlong/2012/closeup/130327.html

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